18世紀以降、文化の中心が江戸に移るにつれ、絵本も多種多様になる。浮世絵の祖とされる菱川師宣(?-1694)は、寛文から元禄にかけて挿絵画家として活躍した(68、71)。その絵は江戸の人々の人気を博し、挿絵から独立して「絵本」として鑑賞された(69)。これらが線と墨刷りの味わいを特色としたものであったのに対し、明和年間(1764-1771)に誕生した多色刷り版画は、錦のように華麗なことから「錦絵」と呼ばれた。天明・寛政期(1781-1801)には、吉原の版元蔦屋重三郎の資本に、鈴木春信、喜多川歌麿、葛飾北斎などの絵師の才能、さらに彫師、摺師の名人技が加わり、繊細で美しい多色刷り狂歌絵本が次々と刊行された(72)。この種の絵本は、今日では世界的に多くの美術愛好家を魅了している。
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絵本
68 奈良名所八重桜
- 12巻 大久保秀興,本林伊祐著 〔菱川師宣画〕 江戸 柏屋仁右衛門 延宝6(1678)刊 12冊 28.0×18.5cm <WB1-15>
江戸で刊行された奈良名所案内記。刊記に「江戸之住大久保急鑑秀興 南都之住本林氏伊祐 両作」とある以外、著者の経歴は未詳。「むさし男初旅して奈良の京春日のさとに」と、『伊勢物語』をもじった序文から始まる。挿絵の作者は記されていないが、画風から菱川師宣と推定されている。展示本は、鈴木真年、渡辺霞亭、横山重の旧蔵。第2巻の1冊のみ、途中で取り合わされたようである。初版初刷りの天理図書館本とは一部絵の異なる部分があり、やや後の刷りとみられる。
69 大和絵つくし
- 菱川師宣画 江戸 鱗形屋三左衛門 延宝8(1680)刊 1冊 26.8×18.4cm <WA32-15>
『伊勢物語』『源氏物語』等の古典や謡曲でよく知られている場面を選び、全20図に描いた絵本。巻末の刊語に「大和絵師菱川吉兵衛尉」とある。師宣の絵の鑑賞を目的に刊行されたもの。版元鱗形屋は多くの師宣絵本を出版している。展示本は初版本、筆彩は後補である。林忠正、H.Veverほかの印記がある。
70 好色一代男
- 8巻 井原西鶴著 大坂 秋田屋市兵衛 天和2(1682)刊 8冊 26.3×18.7cm <WA9-3>
井原西鶴(1642-93)が著した最初の浮世草子。主人公世之介が7歳のときから、60歳で
71 好色一代男
- 8巻 井原西鶴著 菱川師宣画 江戸 川崎七郎兵衛 貞享1(1684)刊 8冊 23.0×16.5cm <WA9-10>
『好色一代男』の江戸版。江戸版の初版は、大坂版初版が刊行された1年後に早くも刊行された。大坂版と比較して、版型が小さく料紙の質もやや劣る。師宣の挿絵は大坂版を模倣し、構図や着物の模様などは省略が目立つ。大坂版で漢字の部分は、ほとんど平仮名となり文章の誤脱も多く、急いで刊行されたことがわかる。江戸版は川崎屋、大津屋、万屋と3回版元がかわり刷りを重ねた。展示本は、天理図書館所蔵の川崎版に比較して、印刷の鮮明度がやや劣り、巻6の目次と本文の一部が訂正されているので、再刷りとみられる。
72 狂月坊
- 紀定丸撰 喜多川歌麿画 江戸 耕書堂 寛政1(1789)刊 1冊 25.7×19.1cm <WA32-17>
狂歌絵本。書名は刷り題簽による。序題は「狂月望」。望月をテーマに描いた5枚の画を収録し、狂歌72首を掲げる。耕書堂蔦屋重三郎が贅を尽くして刊行したもので、雪景色の『銀世界』、花見を描いた『普賢像』とともに、喜多川歌麿(?-1806)の雪月花三部作の一つ。繊細な空刷りや微妙な色合いが刷り出され、わが国多色刷り印刷の傑作である。書名の「狂月坊」は、狂歌の祖と伝えられる暁月坊(冷泉為守。1265-1328)にちなんだともいわれる。展示本は初刷り本。表紙は改装されているものの、全丁揃い。完本は、国内では東洋文庫、慶応義塾大学など、所蔵機関が少ない。
画譜
師宣や歌麿の絵本は、浄瑠璃本や浮世絵版画など娯楽的な本を扱う
73 賞春芳
- 恵美長敏編 安永6(1777)跋刊 1帖 28.3×17.0cm <WB1-17>
岩垣竜渓(1741-1808)、柚木太淳(1762-1803)などの京都の漢学者や医師が、都の春景色を賞美した漢詩を作り、伊藤若冲(1716-1800)、池大雅(1723-76)、円山応挙(1733-95)などの画家の絵を添えて画帖としたもの。書名は扉題による。巻末に編者恵美長敏(生没年未詳)の跋文がある。この本は「拓版画」と呼ばれ、中国の法帖や画譜に見られる「正面刷り」という拓本の技術を用いて作られている。凹に彫られた木版の上に紙を水貼りし、その上からタンポンで墨を付けるので、白抜きの部分には紙皺が見られる。展示本は初刷り本と推定される。後刷り本には「皇都 御幸町御池南 菱屋孫兵衛」の刊記がある。
74 明朝紫硯 巻上-中
- 大岡春ト編 大坂 渋川清右衛門 〔ほか3名〕 延享3(1746)刊 2冊 27.0×18.0cm <WB1-18>
わが国最初の彩色画譜。書名は印刷の原題簽による。版心は「明朝生動画園」。編者大岡春ト(1680-1763)の自序には、明代の花の名画を模写したとある。装訂は
- 康煕綴
- 普通の四つ目綴(袋綴)の四つの綴じ穴のほかに、上下の角の部分に一つずつ穴をあけ綴じた装訂。
75 明朝紫硯
- 3巻 大岡春ト編 京都 菱屋孫兵衛 〔文化10(1813)〕刊 3冊(合1冊) 26.0×18.2cm <丑-48>
『明朝紫硯』の後刷り本。文化10年に京の菱屋孫兵衛が版木を購入し、下巻を加えて3巻3冊として刊行した。明治に至るまで後刷り本は何回か刊行されている。展示本は合冊されているが、もとの装訂は康煕綴。奥付には「和漢書画譜翻刻書物所 京都書肆 御幸町御池南 菱屋孫兵衛」とのみあり、刊年はない。江戸時代末期頃の刷りとみられる。山吹色原表紙。上、中巻は当初からの版木を使用しているので、色刷りと合羽刷りを併用するが、下巻は新たに版木をおこし、合羽刷りは使用していない。写真の山百合の輪郭や黒い珠芽、葉脈などの墨版部分、および青色の葉や雌しべの色版部分は74と一致するが、水色の露草の花や葉などの合羽刷りの部分が異なっている。画中に添えられた朱印も省略されている。