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第一部 学ぶ ~古典の継承~

平家物語・謡曲

15 平家物語 へいけものがたり

  • 12巻 下村時房 〔慶長年間(1596-1615)〕刊  12冊 28.2×21.0cm <WA7-255>

古活字版。下村本。『平家物語』には多くの異本があり、普通は語り本系(平家琵琶の伴奏で語られた詞章)と読み本系(読み物として編集)に大別される。一般に流布したのは語り本系で、展示本もその一つ。古活字版の『平家物語』の中でも最初期の刊行といわれる。巻末に「下村時房刊之」とあり、「下村本」と称される。下村時房の経歴は未詳。嵯峨本に似た美麗な活字や雲母きら刷り文様の表紙(展示本は改装)が使われている。活字の部分を切り取り裏から紙を貼って墨書で訂正した個所や、字句の傍らに補記訂正をした個所があるのが注目される。

16 平家物語 へいけものがたり

  • 20巻 〔江戸時代中期〕写 20冊 28.2×21.3cm <WA21-12>

長門本。読み本系の一本で、語り本系に比べて記事が豊富になっている。長門国赤間関あかまがせき(現山口県下関市)の阿弥陀寺に伝来した写本(現赤間神宮所蔵。重要文化財。昭和20年戦災で焼損)が江戸時代から有名で、これにより、この系統の写本を「長門本」と呼ぶ。展示本は美麗な写本で、表紙に金泥で草木を描き、見返しは金地亀甲文様。長州藩で作成された清書本かとする推測もなされている。付属として「筆者覚」2丁が伝来、一~二十の数字と9名の人名が記されており、元禄~宝永頃の長州藩の右筆に同名の人物が見えるという。書写の分担を示したものか。印記「長門図書」ほか。

古活字版

わが国には、16世紀末に活字印刷の技法があいついで伝えられた。一つは朝鮮で行われていた技法が文禄・慶長の役によりもたらされたもの、もう一つは宣教師により伝えられた西洋式の技法である。記録によれば、日本最初の活字印刷本は文禄2年(1593)の後陽成天皇勅版『古文孝経』だが、現存しない。慶長・元和年間(1596-1624)には、多くの書物が活字で印刷されるようになる。これらを「古活字版」と総称する。古活字版ではじめて出版された古典は数多い。
古活字版は、朝廷、幕府、寺院、篤志家等による、おそらくはごく小部数の刊行で、活字印刷はこの規模に適していた。しかし、寛永(1624-44)頃から書物の需要が増大し、商業出版も盛んになると、そのつど活字を組みなおす必要があり、増刷ができない活字印刷はそれに対応できず、版木で刷る整版印刷が再び主流となった。

17 〔謡本〕 うたいぼん

  • 〔慶長年間(1596-1615)〕刊 101冊 24.0×18.0cm <WA7-256>

古活字版。嵯峨本。書名は通称による。「光悦謡本」「嵯峨本謡本」などとも呼ばれる。各冊に1番ずつ計101番の観世流謡曲を収録する。表章おもてあきら氏によれば、表紙や料紙の種類により特製本、色替り本、上製本に分類される。展示本はそのうちの色替り本で、装訂は綴葉装、表紙は雲母刷り文様、本文に色替り料紙が用いられている。上製本の追加、補充があり、色替り本は87冊である。謡曲は『伊勢物語』『源氏物語』『平家物語』などの古典から多くの題材を採っており、それらの普及にも大きな役割を果した。

18 〔謡抄〕 うたいしょう

  • 守清 〔慶長年間(1596-1615)〕刊 10冊 27.0×20.5cm <WA7-208>

古活字版。守清本もりきよぼん。謡曲の最古の注釈書。書名は記されておらず、通称による。古活字版は何種かあるが、展示本は第8冊「大原御幸」の末尾に「守清梓刊」とあり「守清本」と呼ばれ、最初の刊行とされる。各冊とも表紙に曲名を墨書した題簽を貼付。全部で102番を収録し、曲中の語句をあげて解釈を記すが、和歌や有職故実等に由来する語は平仮名を用い、仏教、漢詩文の語は片仮名交じりで表記する。豊臣秀次が文禄4年(1595)3月に各宗の僧侶や公家、連歌師等に命じ、分担注釈させた成果で、同年7月秀次が自刃し中断後、慶長5年(1600)頃まとめられたものと推測されている。

19 謡曲三番 高砂、賀茂、邯鄲 ようきょくさんばん たかさご かも かんたん

  • 〔江戸時代中期〕写 1冊 34.5×25.0cm <WA21-19>

書名は見返しに貼付した紙片による。三番の謡曲の詞章を収め、舞台面の彩色挿絵6図を挿入した大型本。料紙は鳥の子紙で金泥の下絵がある。見返しは金切箔散らし。書写年代、節付者は記されていないが、節の三角形の様式や、高砂の老人が箒を持っている構図などは、喜多流の特徴を示し、第3代喜多七太夫宗能(?-1731)の節付本かとされる。

20 能作書 のうさくしょ

  • 世阿弥著 〔室町時代末期〕写 1冊 24.0×15.3cm <WA16-59>

世阿弥ぜあみ(1363?-1443?)の能楽論。書名は題簽による。本来の書名は『三道さんどう』。「三道」の名は、能の製作が、種(主人公の選定)、作(構成)、書(作詞、作曲)の三過程から成ると説くことに由来。13か条から成る。巻末に応永30年(1423)2月の本奥書があり、子の観世七郎元能もとよしに秘伝すると記す。世阿弥の能楽論は、このように子や弟、女婿など親族に相伝された。中でも本書は、能の作り方を体系的に記したものとして、謡曲作品研究の重要資料である。展示本は、第7代観世大夫元忠(宗節。1509-83)の書写と推定される。観世宗家には、その書写になる伝書や謡本が多く伝来している。