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十月十一日幣原首相ニ対シ表明セル「マクアーサー」意見
「ポツダム」宣言ノ実現ニ当リテハ日本国民カ数世紀ニ亘リ隷属セシメラレタル伝統的社会秩序ハ是正セラルルヲ要ス右ハ疑ヒモナク憲法ノ自由主義化ヲ包含スヘシ
日本国民ハ其ノ心理ヲ事実上奴隷化スル日常生活ニ関シテノ有ラユル形式ニ於ケル政府ノ秘密審問ヨリ解放セラレ思想、言論及信教ノ自由ヲ抑圧スル有ラユル形式の統制ヨリ解放セラレサルヘカラス能率化ノ名ヲ籍リ又ハ其ノ必要ヲ理由トシテ為サルル国民ノ組織化ハ政府ノ如何ナル名ニ於テ為サルルモノモ一切廃止セラルルヲ要ス
斯ル諸要求ノ履行及諸目的ノ実現ノ為日本ノ社会制度ニ対スル下記ノ諸改革ヲ日本社会ニ同化シ得ル限リ出来得ル限リ速ニ実行スルコトヲ期待ス
一、参政権ノ賦与ニ依リ日本ノ婦人ヲ解放スルコト―婦人モ国家ノ一員トシテ各家庭ノ福祉ニ役立ツヘキ新シキ政治ノ概念ヲ齎スヘシ
ニ、労働組合ノ組織奨励―以テ労働ニ威厳ヲ賦与シ労働者階級カ搾取ト濫用ヨリ己レヲ擁護シ生活程度ヲ向上セシムル為大ナル発言権ヲ与へラルヘシ、之ト共ニ現存スル幼年労働ノ悪弊ヲ是正スル為必要ナル措置ヲ採ルコト
三、学校ヲヨリ自由主義的ナル教育ノ為開校スルコト―以テ国民カ事実ニ基礎付ケラレタル知識ニ依リ自身ノ将来ノ発展ヲ形成スルコトヲ得政府カ国民ノ主人ニアラスシテ使用人タルノ制度ヲ理解スルコトニ依リ解答スルヲ得ヘシ
四、国民ヲ秘密ノ審問ノ濫用ニ依リ絶エス恐怖ヲ与フル組織ヲ撤廃スルコト―故ニ専制的恣意的且不正ナル手段ヨリ国民ヲ守ル正義ノ制度ヲ以テ之ニ代フ
五、日本ノ経済制度ヲ民主主義化シ以テ所得並ニ生産及商業手段ノ所有権ヲ広ク分配スルコトヲ保障スル方法ヲ発達セシムルコトニ依リ独占的産業支配ヲ是正スルコト
刻下ノ行政部面ニ就テハ国民ノ住宅、食糧、衣料ノ問題ニ関シ政府カ力強ク且迅速ナル行動ニ出テ疫病、疾病、飢餓其他重大ナル社会的政局ヲ防止スルコトヲ希望ス、今冬ハ危機タルヘク来ルヘキ困難克服ノ道ハ総テノ人々ヲ有効ナル仕事ニ就業セシムルノ他ナシ
総理「マクアーサー」会談要旨 昭二〇・一〇・一三
十月十一日午後五時総理大臣「マクアーサー」元帥ヲ聯合軍司令部ニ往訪セラル先方ハ「サザランド」参謀長同席ナリシカ総理ノ座ニ着セラルルヤ否ヤ先ツ「マ」元帥ニ於テ発言シ
今日御面会ノ機会ニ先ツ以テ日本政府ニ希望スルコトニ付申上ケ度シ決シテ無理ナルコトヲ期待シ居ルニハ非サル積リナルモ聞カレル貴下ニハ或ハ「ハーシュ」ニ響クヤモ知レス然シ若シ無理又ハ実行不可能ト考ヘラルルコトアラバ忌憚ナク御指摘アリタシ
ト述へ予テ用意ノ書キ物(別紙ノ通リ)ヲ読ミ上ケタリ之ニ対シ総理ヨリ
只今元帥ノ御意見トシテ承リタル五項目中アルモノハ組閣早々ノ閣議ニ於テ既ニ考慮シテ決定セルモノアリ担当ノ閣僚ト相談ノ要ハアルモ五項目ヲ通シ差当リ実行全然不可能ト認メラルルモノ無ク安心セル次第ナリ
第一ノ婦人参政権ノ件ハ既ニ政府ニ於テハ之カ実施ヲ決心シ閣議ニ於テ内定ヲ見居レリ選挙権ノ問題ニ付テハ次ノ順序ニテ事ヲ運ブ予定ナリ即チ現議会ハ選挙後数年ヲ経過シ居リ民意ヲ反映シ居ルモノナリヤ否ヤ疑ヲ有スル向鮮カラサルニ付現在ノ民意ヲ反映セシムル為解散ニ進ミタシ解散ニ当リテハ現行ノ選挙法ヲ以テシテハ実際ニ選挙ヲ行ヒ得サル節アリ例ヘハ戦災ニ依リ疎開若ハ転居セル家庭多数ニ上リ居ルコト記録ヲ喪失セル役場ノ鮮カラサルコト等ノ事実アルノミナラス真ノ民意ヲ議会ニ反映セシムル為ニハ現行制度ニハ不適当ナル条意モ鮮カラス婦人参政権ノ定メ無キモ其ノ一ナリ之等ノ改正ヲ行フニ当リ当面ノ改正ノミヲ取上ケ根本的改正ハ之ヲ他日ニ譲ルヤ否ヤノ問題アリ苦心ヲ要スル所ナリ政府トシテハナルヘク根本的改正ト考へ見タルカ時日之ヲ許サス当面ノ必要問題ノミニ付改正ヲ加へ近々ノ臨時議会ニ提出シ同意ヲ得レバナルヘク早ク議会ヲ解散シ之ニ依リ選挙ヲ行フ考ヘナリコノ際貴下ニ対シ一言致シ置キタキハ従来ノ日本ノ選挙ニ於テハ直接間接ニ何等カノ政府ノ干渉無カリシコトナキカノ如キ印象ヲ抱ケルモノ多ク其ノ為当選セル議員ニシテ官選議員トノ悪評ヲ得タルモノアリタリ然シ今回ノ選挙ニ於テハ政府ハ絶対不干渉ノ方針ヲ実行スル堅キ決意ヲ有シ最モ自由且公正ナル民意ヲ反映セシメント念願シ居レリ
ト述へ来レル時「マクアーサー」ハ語ヲ挟ミ
全ク「エクセレント」ノ御考ナリ是非共左様実行セラレタシ之ハ日本ノ為最モ健全ナル方向ト思フ
ト述ヘテ賛意ヲ表シタリ次テ総理ヨリ
次ニ労働組合組織化ノ問題ハ余カ十数年前閣議ニ列シ居リタル頃議ニ上リタルコトアルモ或ル事情ニ依リ行ハレサリシ問題ナリ今日ニ於テ之カ実現ニ非常ナル困難アリトハ考ヘサル次第ナルモ具体的ニハ担当閣僚ト相談ヲ要スト考フ
学校ニ於テ自由主義的教育ヲ施ス様ニシタシトノ御希望ノ点ニ付テハ之亦閣議ニ於テ決定ヲ見政府ハ其ノ方針ヲ昨日発表シタル次第ナリ主義トシテ政府ニ於テ何等異議ナキ問題ナリ
次ニ秘密審問及其ノ濫用ニ依リ人民ニ恐怖ノ念ヲ与ヘタル制度ヲ廃止シ之ニ代フルニ公正ナル制度正義ヲ行フ制度ヲ以テセヨトノ御趣旨ハ当然ノコトナリ具体的方法ハ当面ノ閣僚ニ考へ貰フ積リナルカ方針其ノモノニ付テハ政府ハ之カ実行ヲ決意シ居ルモノナリ
日本ノ産業ニ付現行ノ独占的支配ノ行ハルル事態ヲ改ムルヲ要ストノ御趣旨ニ付テハ如何ナルコトヲ実際問題トシテ考へ居ラルルヤ不明ノ節アリ即チ現在ノ独占的支配ナルモノカ我カ国現行ノ法律制度ノ定ムルトコロトシテ存在シ居ルモノトハ考ヘラレス或ハ大工業家カ自己ノ努力又ハ設備ニ依リ事実問題トシテ他ノ競争ヲ許ササルモノアルニ依ルモノナルヤモ知レサルモ之ヲ如何ニ改正スルヤ直接法律ノ規定スル結果ニ非サルモノトスレハ直チニ考へ及ハサル次第ナリ
ト述ヘタル処「マクアーサー」ハ
本件ハ自分モ充分諒解シ居ラス多分「アンチ、トラスト」法ノ如キヲ制定セハ可ナル問題ニ非スヤ尤モ英国ニハ之トハ別ノ法律アル由ナリ
ト答ヘタルニ付総理ヨリ
実ハ「アンチ、トラスト」法トカ之ニ類似ノ英国法律等ノ原文カ現在日本ニ於テ直チニ入手可能ナリヤ否ヤ思ヒ当ラス自分ハ嘗テ之ヲ所有シ居リタルモ戦災ニ依リ焼失セリ官庁若ハ図書館ニ保存セラレタル文書モ焼失セルモノト思フ
ト述へタル処「マクアーサー」ハ
早速米国ヨリ取リ寄スヘシ
ト答ヘタリ次テ総理ヨリ
日本ノ衣食住ノ問題ヲ早急ニ解決シ病気餓死其ノ他社会的惨禍ヲ速ニ予防セヨトノ点並ニ其ノ為ニハ衣食住ニ関係アル労働力ヲ充分ニ働カシムル要アリ今日此ノ方面ニ必スシモ勤勉且懸命ニ労働力カ動員セラレ居ラサル模様ナリトノ御意見ニ付テハ先ツ次ノ二点ノ考慮ヲ要スト考フ
其ノ一ハ今次戦争ニ於テ日本ノ軍隊ノ完全ナル敗北ト文官官僚ノヘマ続失ニ依リ日本カ今日ノ惨禍ヲ招キシモノナルコトニ付テハ国民全部カ充分ニ之ヲ認ムル所ナルモ其ノ結果トシテ多数ノ国民ハ国運ノ将来ヲ悲観シ自暴自棄ニ陥レルカ或ハ呆然自失ノ状況ニ在リ精神的ニ沈淪ノ極ニ在ル訳ニテ此ノ点米国国民ノ如キ戦勝国民ト異ル所アリ之等ノ人々ニ対シテハ希望ヲ将来ニ与ヘテ奮発セシムル手段ヲ講ス可キ所ナルカ彼等ニ奮発心ヲ起サシムルト言フモ必スシモ容易ナラサル次第ナリ
其ノ二ハ物質的ニ見テ生産原料窮乏ノ状況甚シク原料ヲ如何ニ調達スルカ支払方法ヲ如何ニスルカノ難問アリ之カ決定ヲ見スシテハ早急ニ事業ヲ復活スルモ中途挫折スルコトアルヘシトシ事業家モ労働者モ躊躇シ居ル事情モ考慮セサル可ラス
然シ何レニセヨ本問題ハ政府トシテハ黙視シ得ル所ニ非ス何等カノ方途ヲ講シテ国民ニ奨励ヲ与へ「ユースフル、ワーク」ニ「フル、エンプロイメント」ヲ用フル様極力努力スル決心ナリ
尚以上貴下ノ希望セラルル五項目全般ニ付日本側トシテ困難ハアルモ之カ排除ハ不可能ニ非スト見当ヲ就ケ得ルモノト考ヘラレ喜ハシキ次第ナリ然シ茲ニ一言シタキハ政府ハ一旦引受ケタルコトハ他日之ヲ胡魔化シテ責任ヲ逃レントスルカ如キ意志毛頭無ク速ニ之ヲ実行シ行カントスル堅キ決意ヲ有ス今日迄貴下ニ於テ日本人トノ間ニ或ハ如何ナル経験ヲ経ラレシヤ承知セサルモ此ノ点ハ御安心ヲ願フ
ト述フルヤ「マクアーサー」ハ
其ノ御言葉ヲ聞キ甚タ喜ハシキ次第ナリ
ト答フ次テ総理ヨリ
以上大体ノ御趣旨ハ日本ノ各般ノ制度ヲ民主主義化並ニ自由主義化スヘシトノ御意見ト考フ然ラハ実際ニハ余カ内閣ニ列シ居リタル十二三年前ニハ事実此ノ潮流カ日本ニ流レ居リタルモノナリ其ノ後満洲事件ノ起リアリテ此ノ潮流ヲ逆転セシメ有害ナル勢力カ時ノ勢ヲ占ムルヲ許サルルニ至リ(malign
influence was allowed to prevail)民主主義的潮流ノ発達ハ阻止セラレタリ然レ共最近ノ時局急転ニ依リ此ノ阻害スル原因カ全ク除去セラルルニ至リシ以上日本ハ既ニ十数年以前萠シヲ見セタル方向ニ向ヒ再ヒ前進ヲ開始スルコト因難ニ非スト期待シ居レリ
但シ其ノ民主主義化ト称シ自由主義化ト称スル意味ハ如何ナルモノナリヤ民主主義自由主義ノ適用ハ各国夫々異ル所アリト考フ例ヘハ米国ノ「デモクラシー」ハ英国ノ「デモクラシー」ト異レリ「ソビエット」カ主張スル「デモクラシー」ハ更ニ異レリ従ツテ若シ貴下カ日本ニ対シ米国ト同様ノ体様ノ「デモクラシー」ヲ期待セラルルナラハ其ノ実現ノ時期ヲ期スルコト容易ニ非スト認メラル然ルニ一般大衆ノ意思ヲ尊重シ之ヲ反映スル政治上ノ主義ヲ意味セラルルナラハ之ハ既ニ十数年前ニ萌芽ヲ見セタルコトアルモノニシテ之カ実現ヲ見ルハ敢テ遠キ将来ニモ非スト考フ日本ニ於テ「デモクラシー」カ成功スル以上ハ日本国民ノ長キ期間置カレ来リタル環境ニ適合スルモノナラサル可ラス主義ノ目的トスル所ハ民意ノ反映ニ在リ目的ハ此処ニ在ルモ形成ハ日本的「デモクラシー」トナルモノト考フ
ト述へ終ルヤ「マクアーサー」ハ之ニ対シ
右ハ至極尤モノコトナリ貴下等カ嘗テ局ニ当リ居ラレタル時代ノ状況ニ付テハ自分モ同様ノ情報ヲ与ヘラレ居リ之カ「インターラプト」セラレサリシナラハ今日ノ事態ニハ立チ至ラサリシナルヘシ此ノ点ヨリスルモ新政府ノ成功ヲ望ムモノナリ
ト述へ会談ヲ終ヘタリ
(以上) |