『南米ブラジル「ありあんさ」移住地の建設』 信濃海外協会 1927
南米ブラジル移住地建設の宣言
本日特に信濃海外協会代議員並に支部長諸君の会合を煩はしたる動機と経過に就きて一言述べやうと思ふ。
我が信濃海外協会は、創立以来茲に一年有半、此の間專ら海外発展思想の普及宣伝に努力し、其間若干渡航者に対して、便宜を計り来りたる程度の事業に過ぎなかつたのである。
併しながら熟々世界の大勢を観望し、移民の実状に鑑みれば大いに考慮を要すべきものがある、自分は新任早々宮下、永田両君の話に依りて、信濃海外協会なるものの存在を知り、本年の初頭に於て総裁としての引継ぎを受けたのであるが、爾来当協会の趣旨目的、長所短所に就きて考慮を廻らしたのである。
欧洲戦争後諸外国は内政の整理に忙殺せられ、従前の如く国民を海外に送る事は困難である、財政の方面よりも、又屈強の壮年即ち労働者の数の減じたる事よりしても、移民植民の事業は当分停止の状態にあるのである。
然るに我日本は大戦中幸に人命を失ふ事も少なく、経済上には莫大なる利益を占め得たので、之等の利用を考ふれば、海外に膨張発展せしむる事が最も機宜に適したものである。此の機会に、成べく多くの人を海外に送り、国運発展の基礎を確立して置くが急務であると信ずる。
扨それならば何処へ人を送るべきか、亜弗利加大陸は土地広く、人口稀薄に、文化の程度も低く、開発の余地は相当にあるが、早く既に欧洲諸国の縄張の中に置かれてある、独逸も此処に広き土地を持つて居たが、英国や仏国に分割されて、彼の大陸は全く我国に向つて閉鎖されてしまつた。
支那は行きて日本人に競争の出来る土地では無い、支那人の生活程度は甚だ低く、粗衣粗食に甘んじて労働を惜まざる国民であるから、彼等の中に立ち交つて行く事は不可能である。又西此利亜、満洲等は彼が如き事情であるから、是又安全に移り住む事は出来ない。北米合衆国に於ては、在留の我が邦人に対して迫害を加へ、リンチと同様なる取扱も仕兼ねまじき状態である。斯くして今や邦人の行き得るは南米の一つあるのみとなつた。
南米は土地広く、地味肥え、気候適順、よく邦人の健康に適する上に邦人の移り住む事を歓迎して居る。殊にブラジルは、世界の宝庫とも称せられ、アマゾン流域を始め、無辺の沃野が空しく放置せられ人の来り拓くを待つと云ふ状態である。此の時此の際、邦人の行くべき処はブラジルを措て他には無いと云ひ得るのである、宜しく我々は此の地に向つて邦人発展の基礎を作り、国家百年の長計を樹立せねばならぬのである。
其処で人を此の南米へ送るとして、今迄の様な行き方では甚だ面白くない。無計画に行く事を勧めることは頗る考へものである。又彼の地の事情の宣伝や、海外思想普及などと云ふことは、寧ろ既に無用である。
自分の考ふる処に依れば、移住の必要条件としては、目的地に渡航したる後も、郷里にあると同様なる恩恵に浴すべき施設をする事である。郷里に居れば、如何に窮すればとて、生命の維持は出来る、故に郷里を離れ難いと云ふのは人情の常である。然れば移住者として万里の波濤を越えて行くとも其処に安全なる境地のある事を確認せしめねばならぬ。
英国人が世界の各地に発展し、到る処に於て成功する所以のものは、背景に大なる資本と国家の勢力との後援があつて、何等の脅威を感ぜずに、恰も鶏が親鶏の翼の下に抱擁せられて居るが如く、安全に且つあらゆる便宜を与へられ、母国に於けると同様の恩沢に浴し得るからであつて、決して冒険談に唆かさるるとか、好奇心に基いて出て行くといふ様な事ではない、英国では諺に「国旗の翻る処に商権が伸る」と言ふが彼等は何処に於ても楽天地を造り、其生産品を以て母国を富ましつつあるのである。
自分は欧羅巴より米国に渡り、其途次往々に耳にした事があるが、従来外国に行つた所の大多数の日本人は何時とはなしに退歩して終ふた。余りに色が黒いので、土人だと思ひ、話をして見たら日本語を使つたので、日本人なる事が解つたといふ滑稽談もある位で、今迄の者は概ね惨めな境涯に置かれてある様だが、それは理の当然である。移民を送るには夜の船で港につけ、夜の汽車で田舎へ送りなるべく都会を見せない様にする、所謂奴隷扱ひである、其結果彼等は当初の予想は裏切られ、意気阻喪し病気になるとか、自暴自棄に陥るといふ事になる。かくて自己の生命の安定さへも保証せられぬのだから、勿論子弟の教育など考へて居る暇が無い。されば当人一代は兎に角、二代三代目になればかなり退化するのは必然である、斯の如くんば移民は国力発展に非ずして、国辱の暴露かも釦れない、是れ実に資本と祖国の援助との利便を失ひたる結果に外ならない。
日本は南米に向つて完全なる移住地を建設する事に於て、世界各国に先んじねばならぬ。移住者をして安全に確実に定着し、何等の脅威を感ぜしめず、且彼地に於て本国に居りては望むべからざる程の地主たらしめ、本国に居ると同様の幸福を得せしめねばならぬ、それには移住の方法を根底より変へてかかる必要がある。
移民は決して徒手空拳にて行かしめてはならない。資本の後援が有り、確実なる計画の下に送るでなければ、成功する者は稀である。然らざれば志や誠に壮なりと雖も成功者は数百人中一二に止まるのである。
以上は自分の意見であり、十数年来の持論であつたのである。信濃海外協会も、苟も何等か為す有らんとするならば、宣しく奮励一番帝国の政策に迄影響を及ぼす程度にやらねばならぬ。
此の見地に基きて、我輩の立案せるものが別紙の計画である。諸君は熟覧の上、共鳴し尽力せられん事を希望する。此事業たるや、実行には稍々困難を感ずべきも、既に十分に曙光を認めて居る、事業の性質上之に向て醸金する事は実に有意義であるのだから我々に確乎たる信念を以て、之に当ら