憲法問題調査委員會第七回總會議事録

憲法問題調査委員会第七回総会議事録

日時 昭和二十一年二月二日(土)午前十時―午後四時半
場所 内閣総理大臣官舎会議室
出席者 松本委員長、清水、美ノベ、野村各顧問、宮沢、河村、清宮、諸橋、小林、大池、楢橋、石黒、入江、佐藤、奥野、野田各委員、刑部、佐藤、窪谷各補助員、岩倉内閣書記官、大友内閣属(欠席者ナシ)
記事
(一)松本委員長ヨリ最初ニ、憲法問題ニ関スル閣議ヲ総会直前ニ開カナケレバナラナクナツタ理由即チ、通常議会ノ召集ガ予想シテヰタ所ヨリモ速クナツタコトニ付テ説明ガアリ、次デ本日附議セラルル「甲案」及「乙案」ヲ如何ニシテ起案スルニ至ツタカニ付、昨年暮ニ開カレタ総会以後ニ於ケル委員会ノ経過ニ付テ説明ガアツタ。次デ甲案ヲ主トシ、乙案ヲ対照スル意味デ両方ヲ同時ニ審議スルコトトシ、委員長ヨリ甲案ノ遂条的説明ガアツタ。此ノ間二、三ノ問題ニ付顧問委員ヨリ質問ガアツタガ、主ナル質問ハ取纏メテ後ニ一括検討スルコトトナツタ。
以下各条ノ遂条的説明中主ナルモノヲ記述スル。
第三条
神聖トイフ文字ヲ至尊ト改メタノデアルガ日本タイムスニハ如何ニ出タノカワカラヌガ至尊トイフ文字ヲ掲ゲ之ヲSupremeト訳シテヰタ。
第九条ハ第三十一条ト対照シテ読メバ決シテ広クハナラヌノデアル。
第十一条 陸海軍トイフ観念デハ無ク、国家存続ニ必要ナルarmed forcesトシタノデアル、即チ海賊防止ノ小艦艇ヤ内乱鎮圧ノ為ノ国内軍デアツテ、聯合軍ノ撤兵後、警察以外ニ要スル必要最少限度ノ国防力デアル。過去ニ於ケルガ如キ弊害無カラシムル為、編成及常備兵額ハ之ヲ議会ノ協賛ヲ要スルモノトスルノデアルカラ、凡ユル意味デ民主的ナ軍トナルト思フノデアル。
第十二条
軍ハ無クテモ宣戦ハアリ得ル。「常置委員ノ諮詢」ヲ「議決」トスルコトニスルノガ良イノデハナイカトノ意見ガアルカラ、ソノ様ニ変更スルコトニナルヤモ知レヌ、然シ諮詢トイフ語ノ意味ニハ可決シナクテモ実行出来ルトイフ意味ヲモ含マシメテヰルノデアル。
第十三条
本条文ノ第二項ハ「準用ス」トイフ表現ニシタイトコロデアルガ、現行憲法上ハ此ノ文字ヲ何処ニモ使用シテヰナイノデ斯ル表現ニシタノデアル。
第二十条
「役務ニ服スル義務」デアルガ別ニ斯ル規定ヲ設ケナクトモ全テ法律ヲ以テシナケレバナラヌノデアルカラ削除シテモ良イ様ニ見エルノデアルガ、一応存置スルコトトシタ。public serviceハ必シモ肉体的労働ニハ限ラズ陪審制度ナドモ含ムノデアル。
第三十三条
参議院ノ訳語トシテハ House of Senatorsトイフ文字ヲHouse ot Representativesニ対シテ用ヰタイ。然シ通常ハSenateトイフ様デアル。
右ニ関シSenateハ共和国ノ制度デ君主国ニハ無イ制度デハナイカ、之ニ付テハ仏国ニモナポレオン三世ノ時代ノ制度ガアツタノデアリ共和国ノミノ制度ナリトイフコトハナイト説明サレタ。但シ普通Senateハ元老院ト訳スルノデ今後尚考究スルコトトナツタ。
第六十六条 内廷ノ経費ニ限ルトイフ点ハ目下宮内省側ト相談シテヰル。
以上デ大体ノ説明ヲ了ツタノデアルガ、其ノ後軍ノ規定ニ付テ激シキ議論ガ展開サレタ。即チ、軍ニ関スル規定ヲ削除スベシトスル意見ト、国家永年ノ先ヲ考ヘレバ最少限ノ軍ノ存在ハ必要不可欠ナリトスル意見デアル。
以上ヲ以テ昼食ノ為休憩シ、次デ午後一時ヨリ各条項ニ付テ質疑応答ヲ行ツタ。
(二)主ナル意見ハ次ノ通リデアル。
第三条 天皇ハ至尊ニシテ侵スヘカラス。
目之ニ対シテハ次ノ諸意見ガアツタ。
イ説 天皇ノ一身ハ侵スヘカラス
ロ説 天皇ノ尊厳ハ侵スヘカラス
ハ説 天皇ハ侵スヘカラス
ニ説 天皇ノ身位ハ侵スヘカラス
尚右ニ関連シ第一条乃至第四条ハ修正意見ヲ慮リ成ルベク他ニ触レシメヌ様ニスル為条文ノ改正ヲ避クル趣旨ナルコトハ一応諒解出来ルガ国民ノ総意ガ天皇制存置ニアルコト明瞭ニ予測セラルル以上ムシロ此ノ際十分ニ論議ヲ尽ス方ガ、後ニ過激的小数派ヲシテ乗ゼシメザルコトトナルノデハナイカトノ意見ガアツタ。
然シ右ニ付テハ議会ニ於テ仮令小数派ナリトハイヘ、天皇制ノ問題ヲ長期ニ亙ツテ応接ニ暇無ク論議セラルルコトハ之ヲ堪ヘ忍ビ難イ所ナリトノ意見ガアツタ。
第八条
緊急勅令発布ニ当リ常置委員会ニ諮詢スルコトニナツテヰルガ常置委員会ハ議会代行機関デアルカラ諮詢デ無ク議決トスベキデアルトノ意見ガアツタ。之ハ第八条ノミナラズ第六十九条及第七十条ノ常置委員会ニ共通ノ問題デアル。
然シ右ニ対シテハ常置委員会ハ完全ナル議会ノ代理機関デハ無イカラ諮詢ヲ以テ足ルトイフ意見ガアツタ。
尚常置委員会ニ付テハ左ノ如キ問題ガ論議セラレタ即チ、常置委員会ハ帝国議会ノ常置委員会ナノカ又ハ各院別々ノ常置委員会ナノカ。若シ後者ナラバ、両議院ノ常置委員会トスベキデハナイカ。
各院別々ノ常置委員会トシタ場合ニ、一方ノ常置委員ガ否決シタ場合ハ如何ニナルカ、勿論ソノ場合ハ成立セヌノデアル。
以上ノ細カイ点ニ付テハ議院法ニ規定ヲ設クルカラ大体殆ンド解決出来ルト思ハレル。
第十三条
「国庫ニ重大ナル負担云々」トアルガ、「重大ナル」トイフ様ナ程度問題ヲ憲法ニ表現スルノハ莫然トシテヰルノデハナイカ。重大ナリヤ否ヤヲ決定スル標準ガ無イデハナイカ。仍テムシロ「国庫ニ負担ヲ生スル」トイフ表現ニシタ方ガ良イト思フガ如何カトイフ意見ニ対シテハ、条約ノ締結ニハ必ズ債務ヲ伴フカラ広過ギルコトニナリハセヌカトノ議論ガアツタガ、「国庫ニ生スル条約」トイフノハ、其ノ条約ニ依ツテ直接ニ国庫ニ負担ヲ生セシムル場合ノミヲ謂フノデアツテ、条約締結ニ要スル間接的経費ノ如キハ之ヲ含マナイ観念デアルト解スベキデアルト論ゼラレタ。
然シナガラ、孰レニシテモ「国庫ノ負担」トイフ表現デハ、金銭的負担ニ限ルカノ如キ観ガアルノデ之ヲ改メ左ノ如クスルコトトナツタ。「国ニ重大ナル義務ヲ負ハシムル条約」トイフ表現トナル。
第三十九条ノ二
議会ノ実際ヲ見ルニ、議案ノ議決ノ際、常ニ総員ノ三分ノ二以上ノ多数ヲ得テ議決シタルヤ否ヤヲ明ニシナイノデアルカラ、少クトモ最初ノ二回ハ過半数ノ議決ヲ以テ足ルコトトシ、第三回目二限り三分ノニ以上トスル方ガ実情ニ合スルノデハナイカトノ意見ガアツタガ、此ノ様ナ場合ハ両院ノ意見ガ対立スル特殊ナ場合デアルカラ、成ル可ク制限ヲ夛クシタ方ガ良イトイフ意味デ特ニ条件ヲ加重シタノデアリ、実際上ノ運用ハ十分出来ル旨答ヘラレタ。
但シ本案ヲ認メル以上参議院法ノ改正ニ付テモ衆議院ノ夛数意見ガ本条ヲ楯トスレバ参議院ノ意ニ反シテ参議院法ヲ改正シ得ルノデアリ、此処ニ於テカ、参議院令論ガ出ルノデアルケレドモ、デモクラシー実現ノ為ニハ法律ヲ以テ参議院ノ組織権限ヲ定ムルコトモ止ムヲ得ヌモノトセラレタ。
第二十条
「役務ニ服スル義務」ニ関シ遡ツテ種々論議セラレタガ、役務トイフ観念ガ明瞭デナイ為カ種々ノ意見ガ出タ。
即チ「役務ニ服スル義務」ヲ有スルトイフコトハ、背後ニ「働カザル者ハ食フベカラズ」トイフ様ナイデオロギーガアツテ、ソノ反射トシテ斯ル義務ガ生ズルノカ、ムシロ、条文ノ表現ヲ改メテ、
日本臣民ハ此ノ憲法及法律ニ服従スル義務ヲ有ス、
トイフ様ナ表現ノ一箇条ヲ置イテ条文ノ数ヲ現行法ト一致セシメテハ如何。或ハ、
日本臣民ハ国家ヲ防衛スル義務ヲ有ス
トイフ様ナ表現ニシテスパイヲシナイ義務ナドヲソヴイエト憲法ノ様ニ含マセテ規定シテハ如何カナドトイフ意見ガ出タガ何レモ少数説デアツタ。
第四十二条
議会側ニモ会期延長権又ハ会期延長請求権ヲ認メテハ如何カトイフ意見ガ出タ。会期ノ延長ヲ議会ノ議決ノミニ任セルコトハ妥当デハ無イ、議会側ニハ請求権ヲ認メルコトハ良イガ延長権ハ大権ニ専属セシムベキモノデアラウトイフコトニナリ左ノ案ヲ一応起案シタ。
両議院ハ各々其ノ決議ヲ以テ会期ノ延長ヲ求ムルコトヲ得
而シテ右ノ場合、両院各別ニ請求シ得ル様ニスベキデアルトイフ意見ガ多カツタ。
尚此処デ乙案ノ問題ニ触レ、若シ乙案ノ様ニ改正スル結果非常ニ「デモクラチツク」ニナルトイフ感ヲ懐カセルナラバ、特ニ第二章国民権利義務ニ付テハ乙案ノ様ニ改正スル方ガ望マシイトイフ意見ガ夛ク出タ。
然シ乍ラ乙案ニ「勤労ノ権利」ヲ有スルトイフ点ニ付テハ、ソノ意味ハ如何ナルコトデアルノカ、国家ガ国民ニ勤労スルポストヲ与ヘルトイフ義務ヲ負フコトデアルト説明セラレタノデアルガ、嘗テ、ソ聯ノスターリンハ勤労ノ権利ヲ人民ニ満足セシムルハ唯ソヴィエートニ於テノミ可能デアリ他ノ如何ナルブルジヨア国家モ之ヲ為シ能ハザル所デアツテ、若シブルジヨア国家ニ於テ斯ルスローガンヲ掲ゲテモ、ソレハ唯口頭禅ニ過ギズ物ワラヒノ種トナルニ止マル旨ヲ述ベタコトガアル。ワイマール憲法ニ於テモ其故カアラヌカ、「勤労ノ権利」トイフコトハ云ツテヰナイ。「勤労ノ義務」ハ謳ツテヰルノデアルガ、ソノ他ハ国家ハ可及的ニ労働ノ機会ヲ与ヘヨト云フニ止マルノデアル。
「教育ノ権利」トイフコトニ付テモ成績ガ悪クテ常ニ入学試験ニ落第シテヰル輩ガ之ヲ楯ニ目文句ヲ云フカモ知レナイ。
以上二ツノ点ヲ除イテ乙案ノ様ニ修正スルノモ一案デアル。
第二章全体ニ付テ「臣民」トイフ文字ヲ「国民」ト改メタ方ガ良イトイフ意見ガ夛数アツタ。然シ英国ノ様ナ民主主義的ナ国家デモ「ブリチツシユ・サブジエクト」トイフテ「臣民」ニ相当スル言葉ヲ用ヰテヰルノデアルカラ必シモ国民ト改メナクテモ良イノデハナイカトイフ意見モアツタ。
次ニ第五十五条ニ付テハ種々検討ノ結果次ノ様ニ纒メラレタ。
第五十五条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ帝国議会ニ対シテ其ノ責ニ任ス軍ノ統師ニ付亦同シ。
凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス。
国務各大臣ハ衆議院ニ於テ不信任ヲ議決シタルトキハ解散アリタル場合ヲ除ク外其ノ職ニ留ルコトヲ得ズ。
第五十五条ノ二ハ原案通リデアル。
第五十五条ノ審議ニ際シ、一説トシテ次ノ様ナ構想デハ如何ト云ハレタ。
国務各大臣ハ一般国務ニ対シテハ連帯シテ其ノ責ニ任シ、主管事務ニ付テハ単独ニ其ノ責ニ任ス
第五十六条
本条ニ付テハ「枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ・・・」ト現行通リノ表現ニスルコトニナツタ。
右ニ関連シ、枢密院改革後モ尚「重要」ノ国務ヲ審議スルト表現スルコトハ誤解ヲ招カヌカトイフ説モアツタガ、重要ナラザルモノヲ諮詢セラルルコトナシトノ説ガ夛数ヲ占メタ。
尚他ノ案トシテハ次ノ如キモノモアツタ。
枢密顧問ハ枢密院制及皇室典範ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ国家並ニ皇室ノ重要ナル事項ヲ審議ス。
枢密院官制ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム。
第五十七条
「行政事件ニ関ル訴訟」ノ条文ヲ五十七条ノ二項ニ掲グルカ三項ニ掲グルカノ議論ガアツタガ、孰レニテモ大差ナシトイフコトニナツタ。尚条文ノ書方ノ問題トシテハ
裁判所ハ別ニ法律ノ定ムル所ニ依リ行政事件ニ関ル訴訟ヲ管轄ストイフ案モアツタ。
又「行政事件」トイフ語ノ代リニ民事刑事ニ対シ「行政事」トイフ語モ考ヘラレタガ熟サヌトイフノデ「行政事件」トスルコトトナツタ。
尚関連シテ、「天皇ノ名ニ於テ」トイフ文句ハ削ツタ方ガ良イノデハナイカトイフ意見ガ出タ。理由ハ実際ニ於テ天皇ガ直接行ハセラレザル裁判ガ「天皇ノ名ニ於テ」行ハルル為、例ヘバ共産党等デ弾圧セラレタ人ガ、内心非常ニ天皇ヲ怨ムコトトナリ延テ天皇制打倒ニ感情的ニ走ルニ至ルトイフノデアル。然シ此ノ意見ハ単ニ参考トセラルルニ止マツタ。
第七十条 現行法ニモ「政府」トイフ文字ガ出テヰルガ、之ハ天皇ノ意味ニナツテ文字上妥当デハ無イ
然シ之ハ永年慣行的ニ読ンデヰタノデアルカラ差支ナシトノ結論ニ達シタ。
第七十一条 暫定予算ニ関スル甲案ノ文句ヲ修正シ次ノ様ニシタ。
第二項「此ノ場合ニ於テハ後日前項ノ暫定予算ヲ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルコトヲ要ス」或ハ此ノ場合ニ於テハ後帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス等種々ノ意見ガ出タガ、結論トシテハ、
◎前項ノ場合ニ於テ帝国議会閉会中ナルトキハ速ニ之ヲ召集シ其ノ年度ノ予算ト共ニ暫定予算ヲ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第七十三条 二分ノ一トスル案ヲモ考慮スルコトトナツタ。
第七十五条 削除スルトスレバ、摂政在任期間中ハ皇位継承順序ヲ変更シ得ヌ規定ヲ置キタイトイフ意見モアツタガ斯ル規定ハ皇室典範ニ入ルベキデ憲法カラハ之ヲ除クヲ可トスルトイフコトニナツタ。
以上ヲ以テ本日ノ総会ヲ終了シタ。
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