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矢部教授案
憲法改正法案(中間報告)
昭和二〇、一〇、五
一、憲法改正ニツイテハ、聯合国ニ強ヒラレテ己ムヲ得スソノ指令ニヨル改正ヲ行フト、此ノ機会ニ自主的ニ憲法ヲ改正シ、天皇統治ノ大本ヲ維持シツツ進ンテ議院内閣制ノ精神ヲ実現スルカノ、二様ノ態度考ヘラル。若シ前者ニ就クトセハ、聯合国ノ指令ヲ待テ初メテ改正ヲ考ルヘシ。以下ニ述フルハ寧ロ後者ノ態度ニ立脚シテノ試案ナリ。
二、本案ニ就テハ、「ポツダム」宣言ノ趣旨ヲ考慮シ、 天皇統治ノ下ニ可及的民意ヲ基本トスル政治体制ヲ実現スルコトヲ期シ、議院内閣制ノ定型ニ近接センコトヲ意図ス。即チ左ノ諸趣旨ニ立脚ス。
(1)本改正ニツイテハ、前文ニ於テソノ精神ヲ宣明シ、特ニ基本的人権ノ尊重ト、民意ニ立脚スル政治運営ニツキ強調ス。
(2) 天皇統治ヲ前提シ、立法、行政、司法諸権ノ総権者トシテノ 天皇ノ地位ヲ犯サス。但シ現実ノ政治運営ニツキテハ原則トシテ 天皇ハ実権ヲ行使セス、国家非常ノ場合ニ統一ノ中心タルコトヲ期待ス。ソノ意味ニ於テ「統治」ノ語ハ之ヲ保持スルモ、英訳ノ場合ニハ、之ヲ伊東ノ如ク"reign
over and govern"トセス、単ニ"reign over"ト訳スヘシ。
(3)「大日本帝国」ノ語ニ伴フ誤解乃至悪印象ヲ避クルタメ、之ヲ「日本国」ト改称シ、全般的ニ「帝国」ノ語ヲ除キ、従ツテ「帝国議会」モ凡テ之ヲ「国会」ト改メ、且「天皇」ハ之ヲ"Emperor"ト訳サス、寧ロ"Tenno"ト訳スヘシ。
(4)皇室典範ヲ、例ヘハ「典憲」ト言フ如ク、蓋法ニ優越シ、又ハ同等ノ権威アルモノノ如ク取扱フハ、専制的遺制ノ聯想ヲ伴フヲ以テ、ソレノ包含スル国家的条項ハ之ヲ蓋法中ニ編入スルヲ理想トスルモ、技術上ノ煩瑣ヲ避クル為、典範ハ別箇ノ法トシ、タタソレカ憲法ヨリ派生セルモノナル趣旨ヲ明カニス。
(5)政府カ 天皇ノ名ニ隠レテ不当ノ威権ヲ振フノ観ヲ除クタメ、「政府」ノ語ハ「天皇」ヲ含マサルコトニ確定シ、政府ハ 天皇ノ下ニ国会ト対等タルコトヲ明カニス。
(6)軍事ニ関スル規定ハ、改正シテ存置シ得レハ理想的ナルモ、軍隊モ、陸海軍省モ、統帥機関モ、全廃セラルルニ於テハ、ソノ実体ヲ失フヲ以テ、政治的事情ニモ鑑ミ、寧ロ削除スルコトトス。
(7)法案、予算案ノ協賛、質問、建議等ノ従来ノ議会ノ職権ニ限ラス凡ソ国政ハ原則トシテ国会ノ議題タルヘキ慣行ヲ確立シ、大権事項ハソノ趣旨ニ沿ツテ改正セラルヘキモ、執行府ノ弱化ハ期待スル所ニ非ス、寧ロ国会ノ信任ニ基礎ヲ置キ、強力ナル政治力ヲ持ツヘキコトヲ予想ス。
(8)国会ニツイテハ、衆議院ヲ貴族院ニ優越セシム。貴族院ハ職能代表ノ基調ニ立ツテ改編セラルヘキヲ予想ス。
(9)欽定憲法ノ体ハ之ヲ保持スルモ、憲法改正ニツイテハ、国会ノ発議ニヨル上奏ノ機会ヲ認ムヘク、又摂政ヲ置ク間ニモ改正ノ可能ヲ認ム。
(10)天皇ノ祭祀大権ヲ明規スルハ、信教自由ノ条項トノ間ニ紛議ヲ生スルノ恐レアルヲ以テ、採ラス。
各条改正件案
第一条 「大日本帝国」ヲ「日本国」ニ改ム。
第二条 「皇位継承ハ皇室典範ヲ以テ定ム」ト改ム。
第六条 「公布及執行ヲ命ス」ヲ「公布ス」ト改ム。
第八条 第二項中ノ「政府ハ」ヲ削除シ、「公布スヘシ」ヲ「公布ス」ト改ム。
第九条 「天皇ハ」ヲ「政府ハ」ト改メ、「保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ」ヲ「保持スル為ニ」ト改メ、「命令ヲ発シ又ハ発セシム」ヲ「命令ヲ発ス」ト改ム。而シテ本条ヲ第一章中ヨリ削除シ、第四章中国務大臣ノ各項ニ次イデ掲ク。
第十条 全条ヲ単ニ「天皇ハ官吏ヲ任免ス」ト改ム。ソノ他ノ部分ハ「政府ハ官制法ノ定ムル所ニ依リ行政各部ノ官制及官吏ノ俸給ヲ定ム、但シ丶丶丶」ト改メ、之ヲ前条ト同シク第四章中ニ掲ク。蓋シ、省ノ創設廃合、国家重要機関ノ官制乃至臣民ノ権利義務ニ直接関係スル官制、及ヒ官吏ノ俸給等ガ議会ノ議ヲ経ルコトナクシテ決セラレ、而モ政治上何等ノ責任ヲ負ハサル枢密院ノ議ニカカリ、議会ハソノ予算ヲ伴フモノニツキ、事後ノ議ニ与ルコトアリト雖モ、第六十七条ニ依リ政府ノ同意ナクシテハ之ヲ廃除削減シ得ザル如キハ、極メテ専制的ト断ゼザル能ハズ。然レドモ亦他面、大小ノ官制ニツキ□□事前ニ議会ノ同意ヲ要ストセバ、ソノ短期間ノ会期トモ関聯シ、政府ヲシテ緊急ノ機関ノ創設ヲ殆ド不可能ナラシムベシ。依ツテ政府ノ必要ニモ応ジ、議会政治ノ主義ニモ沿ハシムベク、予メ議会ノ協賛ヲ経ベキ官制、俸給ト、然ラザルモノヲ規定シ、又ソノ協賛ノ態様等ニツキ規定スル「官制法」ヲ、法律ノ形式ヲ以テ制定スベシトナスナリ。
第十一条 削除ス。但シ若シ存置スベキ場合ニハ、「天皇ハ国軍ノ用兵作戦ヲ統帥ス」ト改ム。
第十二条 削除ス。但シ若シ存置スベキ場合ニハ、「天皇ハ」ヲ「政府ハ」ト改メ、第四章中ニ掲グ。
第十三条 「天皇ハ」ノ次ニ「国会ノ同意ヲ以テ」ヲ挿入ス。但シ固ヨリ事実行為ガ先行スルヲ排スルノ意ニハアラズ。軍隊ヲ有セズシテ「戦ヲ宣ス」ルハ不条理ノ如ク見ユルモ、防衛戦ハ警察官、民兵ヲ以テモ行ハザルベカラザル場合アリ、且同盟ノ関係等ニヨリ義務的ニ宣戦スル場合モアリ得ベキナリ。
第十四条 コノママ存置スルモ、戒厳法ノ改正ヲ予想ス。改正ノ際ハ非常大権ノ趣旨ヲモ包含スルヲ要ス。
第十五条 「天皇ハ国ノ栄典ヲ授与ス」ト改ム。蓋シ華族制ノ改廃ヲモ予想シ得ル故ナリ。
第十七条 「摂政ヲ置クハ皇室典範ヲ以テ定ム」ト改ム。
第十九条 「文武官」ヲ「官吏」ト改ム。
第二十条 「兵役ノ義務」ヲ「忠誠ノ義務」ト改ム。
第二十八条 「日本臣民ハ信教ノ自由ヲ有ス但シ安寧秩序ヲ妨ケ及臣民タルノ義務ニ背クコトヲ得ス」ト改ム。
第三十一条 削除ス。
第三十二条 削除ス。
第三十三条 「貴族院衆議院」ヲ「衆議院貴族院」ト改ム。
第三十四条 ココニ第三十五条ノ規定ヲ掲ケ、本条ノ規定ヲ第三十五条ノ箇所ニ掲グベク、且「貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員」ヲ「貴族院法ニ定ムル所ノ議員」ト改ム。
第三十九条 「衆議院ノ可決シタル法律案及予算案ヲ貴族院否決シ両院ノ協議成立セサルトキ同一ノ法律案及予算案ヲ衆議院再ヒ可決シタルトキハ貴族院ハ之ヲ否決スルコトヲ得ス」ト改ム。
第四十条 「但シ」以下ヲ削除ス。
第四十二条 第二項ヲ加へ、「国会閉会中ハ議院法ノ定ムル所ニ依リ常置委員ヲ置クコトヲ得」トス。
第四十三条 「臨時緊急ノ必要アル場合」ノ次ニ、「及両院各々其ノ総員ノ三分ノ一以上ノ要求アル場合」ヲ挿入シ、「召集スヘシ」ヲ「召集ス」ト改ム。
第四十四条 「行フヘシ」ヲ「行フ」ト改メ、「同時ニ停会セラルヘシ」ヲ「同時ニ閉会セラル」ト改ム。
第四十五条 「五箇月」ヲ「三箇月」ニ改ム。
第五十五条 第一項ヲ「国務各大臣ハ内閣ヲ組織シ 天皇ヲ輔弼シ国会ニ対シ責ヲ負フ」ト改ム。
本条ノ次ニ別条ヲ設ケ、「国務大臣ハ国会議員中ヨリ之ヲ任ス」ト規定スル。
既述ノ各箇条ハ之ニ次イデ掲グベシ。
第五十六条 「諮問ニ応へ重要ノ国務ヲ審議ス」ヲ「ニ応フ」ト改ム。
第七十条 「政府」ヲ削除ス。
第七十一条 削除ス。
第七十二条 第一項ヲ「国家ノ歳出歳入ノ状況ハ会計検査院之ヲ検査シソノ報告ヲ国会ニ提出ス」ト改ム。蓋シ必ズシモ決算ニ限ラス、常時点検シ得ル趣旨ナリ。
第七十三条 第三項ヲ加へ、「国会ハ両院各々其ノ総員ノ三分ノ二以上ノ発議ヲ以テ憲法改正ニツキ上奏スルコトヲ得」トス。
第七十四条 第一項ヲ削除シ、皇室典範第六十二条ノ趣意ヲ挿入ス。
第七十五条 削除ス。 |