皇国殖民会社

其四　南米移民を計画する二会社（抄）

　近頃孰（ど）の移民会社も移民会社も、南米大陸に注目し初めたが、其の中にも一段と目立つて参つたのは、明治植民会社の秘露（ぺるー）移民と、皇国移民会社の伯西（ぶらじる）移民で有らう。で、明治植民会社の秘露移民は、今方に移民の募集に着手せられんとし、皇国移民会社の伯西移民は、現下開会されてゐる伯西議会の東洋移民待遇案の決定如何に依つて実行を見んとしてゐる。明治植民会社の業務担当社員は、其の前身は女子教育の卒先者であつた巌本善治氏で、皇国移民会社の業務担当員は、先頃南米大陸を探討して帰つた水野龍氏だ。――お次の番として、今度は此の明治植民会社と、皇国移民会社を紹介しやう。

最も新らしき移民会社
　今日二十幾つある移民会社の中で、最も創立の新らしいのは皇国移民会社で、名称の最も新らしいのは、明治植民会社だ。即ち皇国移民会社の創立は、今より二（ママ）年ばかり前の、三十六年十一月、明治植民会社の名称の現はれたのは、僅に此の一二ヶ月前、否、皇国移民の創立は三年ばかり前であるが、つい此頃其の組織に大変化が有つたから、解釈上昨月出来上つたものと言つても良い。だから明治植民も皇国移民も、極めて最新の移民会社で、然かも轡を駢べて南米大陸に発展せんとしてゐるのは、一種の対照（コントラスト）だ。南米大陸に発展せんとしてゐるのに、一種の対照を見るのみならず、其の内容の傾向に相融通したものがあるから、恁（か）ふ二並べて紹介するのは、読者は兎も角も、記者は非常に便宜を覚ゆる。

　先づ規模の小なる皇国移民会社よと（ママ）紹介しやうか。

多事多故の移民会社
　皇国移民会社の創立は、前掲の如く僅に二（ママ）年ばかり前の新会社であるが、創立の新らしい割合に、此の皇国移民会社の経歴は、多事多故である。

　最初此の皇国移民の創立に当つたのは、帝国党の創立に羽振を利かせた彼の斎藤修一郎氏を参謀として、有馬組の森清右衛門、名古屋の森本善七、其の他平山靖彦、吉田弘蔵氏等の顔振であつたが、昨年の六七月頃、水野龍［注　水野龍は創立時からの社員でこの記述は誤り］、石沢龍尾等の諸氏入つて、組織は異つたが、昨月来又候（またぞろ）組織に大変化があつて、全然性質が変つて仕舞つた。即ち創立以来、同社の参謀長であつた斎藤修一郎氏は、手を抜いて、神奈川選出代議士の永島亀代司、及水野龍氏等は、皇国移民会社の中心と為つたのだ。

　だから皇国移民会社の看板は、二三年前より麹町区八重洲町宮城前の一角にぶら下がつてゐるが、其の内容は一変し再変して今日に参つたので、創立日浅いにも拘らず随分変化があつた訳だ。

比律賓に新機軸を出だす
　右の如く皇国移民会社の経歴に幾変化は有つたが、其の事業も創立のそもそもより、群を抜いて奇抜に出た。此の会社が創立した当時は、例の五会社旺盛時代であつたから、多数の移民会社は、皆五会社の威勢に阿附追随してゐるに、独り此の皇国移民会社丈は、五会社の対等を張り、正金銀行に取引を附けて、五会社の機関であつた京浜銀行に尻を向けた。其の結果は靧面（てきめん）に現はれて五会社の迫害を受け、一方ならざる困難に陥つたが、兎に角も後進の身を以て移民業界の大勢力に対抗した意気込は、局外者にも快感を与へた。

　這様（こん）な風に創立当時より喧嘩腰に出て来たから、他移民会社の取つてゐた軋道を踏襲するのを快とせず、布哇では五会社の対等（むかう）を張ると同時に、百尺の竿頭に一歩を進めて、比律賓移民に新天地を開いた。今日大工、石工、道路工夫等に日本労働者を見るのは、此社の送つた分が多いのである。――此の比律賓移民は、外務当局者の腰弱なるが為に、充分の効果が挙らなかつたのは残念であるが、今又其の勇気を転じて、伯西移民に卒先せんとしてゐるのは、那辺（どこ）までも皇国移民会社流儀だ。

皇国移民会社の新経営者
　皇国移民会社の経営者は、一変し、再変して、今は前掲の如く、水野龍氏と、永島亀代司氏等で、松井淳平氏等も事務に当つてゐる。尚此外に有限責任社員として資本家の位置に立つてゐるのは、明治植民会社の巌本善治氏と永島忠重、森本善七氏等であるやうに聞いてゐる。

　爾して代表社員の水野龍氏は、其の前身は東京府の役人であつたのは、世人の知つてゐる通り、本年春、大陸、熊本、森岡、仙台、東京移民会社等の委任書を携へて伯西に出張した南米通の一人で、移民業者としては新顔であるが、伯西の耕主に会して、サンパウロの移民六千人を予約して帰つたのは、近来の手柄であらう。

明治植民会社の内容（省略）

明治殖民会社の中心（省略）

明治殖民会社内の三人男（省略）

明治殖民会社の着手しつつある新計画（省略）

伯西移民の前途
　終りに、皇国移民会社の計画してゐる伯西移民の現状を挙ぐれば、――　一体、伯西移民は、我日本人を欧洲移民と同様の待遇を受けしむるのが先決問題だ、今日欧洲移民は一人に付いて、伯西政府より八磅宛の旅費を得てゐる。八磅の旅費！、移民自身にも、移民業者にも此の八磅の旅費の支給は非常の便宜と為る。で、皇国移民会社を初めとして、伯西移民に意を傾けてゐる者は、何人も欧洲移民と同様の待遇を得んと欲してゐた丁度其の最先、伯西駐在公使館より、喜ぶべき電報は外務省に到達したのだ。それは東洋移民待遇案は此の十二日に伯西議会に提出せらるるとの吉報である！　議会の可否は訳らぬが、若し此の提案が可決に為ると、伯西大陸の平野は、我日本人の為に開放さるる結果と為るのは、言ふ丈け野暮で有らう。

　此の東洋移民待遇案の可決せらるる時は、皇国移民会社の発展を試むる時で、否、皇国移民会社一己のみならず、我移民業全体の大発展を現はす大機会と為るから妙だ、皇国移民会社は今不思議にも移民業に大変化を見るべき此の伯西移民に卒先の名誉を荷ふ機会に出会してゐるのだ。

　皇国移民会社の前途も、また多事多望といふべきではないか。

　要するに、明治殖民会社も皇国移民会社も、一の営利会社であるが、彼は秘露に、是は伯西に、民族の発展を期してゐる[、]上より言へば、其の栄枯消長は、南米移民の隆替と関係するので、仰山に言へば此の二会社の消長は、軈て民族の発展――南米発展の前途に至大の関係がある訳である。南米移民の声高き今日、特に此の二会社を紹介するのも、盖し読者に参考と為るものが有るであらう。

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