『海外出稼案内』 移民保護協会編 内外出版協会・文明堂 1902
第2章 海外移民の状況
前にも言へる如く目下海外に出て居る日本の男女は大略十二万で、其の多数は移民である事は言ふ迄もない、其中どの国が一番多く有るかと言へば、今日移民会社が取り扱ふて居る
▲布哇の労働 は何を為るのかと言へば大抵は砂糖の耕作だ、残余はコヒーの耕作と其の他の雑業である、賃銀は日本の金額に直して一ヶ月三十六円で、
彼の人力車夫は牛馬と同じ業務を取りて、然かも日に得る所は僅に五十銭か六十銭ではないか、それも日の具合によりては、三十銭か四十銭で泣き寐入らねばならぬ事が多いのだ、日稼人足は四十銭。六年も七年も年期を勉め、礼奉公迄して、一人前の大工なり左官なりに為つても、一日七十銭乃至八十銭を取るにすぎぬ、其れも之は東京の賃銀で、田舎の職人は日に四五十銭、東京の人力車夫より割がわるい、修業を積み技芸を備へてゐて尚ほ且つ斯うだ、今日の如き不景気に
▲北米の労働 日本では玄関番で書生とか食客とかいうスクールボーイでも、一週間三円乃至五円、即ち一ヶ月で十二円乃至二十円である、また桑港などで最も口の多いハウスウオークは一ヶ月三十円位取るのは余り難くはない、ハウスウオークとは、日本語に訳せば「家内の下働」とでも言ふべきか、妻君の指図を仰いで朝
以上挙げたるは家内労働であるが、日本で農業で身をこなした農民などになると、米国は大手を拡げて日本人の来るを俟つて居る、先づ簡略な方より一々挙ぐれば日本では余り見受けない仕事で、果物摘の如きは一日二円乃至三円の賃銀が取れる、之より一日の食料二十五仙(即五十銭)を引き去るも二円ならば一円五十銭、三円の賃銀を得れば二円五十銭―― 一ヶ月で七十五円の金が
大北鉄道会社に使役する工夫五千人を募集す
日給は一
仕事の種類はセクシヨン、ギヤング、石炭積、気鑵車掃除、客車掃除等なり
一当会社の契約にかかる大北鉄道会社は西英領ヴアンクーヴアー市より東セントポールに至る大会社にして支線にはモンタナ、セントラル。スポーケン、ノーザン。シヤトル、ノーザン。ウイルマー、シユフオールス。イースタン、ミネソタ等五千八百哩以上に延長す。
一当会社の配下に働く労働者の利益点
▲食料の安価 労働地の遠近に拘はらずシヤトル市同様の価格にて食料品衣服類を購求するを得
▲休業日少し 大北鉄道会社は五哩毎に一セクシヨンを設くる規定にして年中休みなし唯極寒の際多少の人員を減ぜしむるのみ
▲貯金の比例 一ヶ月に三十二弗を最大額とし最少額を二十二弗とす(昨年の比例)
▲患者の治療及待遇法 当会社は患者を特別鄭重に待遇せんが為めシヤトル。カリスペル。ハーバーの三ヶ所に医院を設立し各院に主任として一名宛の熟練なる日本医師を傭聘し米国医師を顧問となし共に治療を掌らしむ其他各所の病院と特約し以て患者治療の応急手当を謀れり又本年より本邦看護婦を傭ひ入るるの議に決し斯道の熟練なるものを募集中なり
▲不具者及不治病患者に対する慈善 当会社の配下に働き疾病に罹りたる時は治療を施すは勿論災変の為め負傷して不具者となりたるもの或ひは不治者に罹りたるものは旅費及び小遣ひまで支給して日本へ送還す
(昨年中此の特別保護を受けたるもの八十二名なり)
▲世話の懇切 当会社は支部をスポーケン。カリスペル。ハーバー。ウイルマー。ヒーピングスの五ヶ所に設け支部長及び巡回員数名を駐在せしめ絶えず各管轄区域を巡回し勉めて労働者の権利々益を保護せしむ又書翰部を設けて労働者の為め通信を迅速ならしむ為め願書掛を置き無手数料にて総ての願書届書を掌らしむ
▲送金額 当会社の手を経て昨年中日本に送りし金額は合計四十三万二千弗余之を諸県に大別すれば広島県十万弗余和歌山県八万弗余岡山県七万弗余熊本県六万八千ド弗余にして他諸県人の送金額は十二万四千弗内外なり
▲新聞紙の配布 当会社に於ては当年より各セクシヨ
シヤトル市ジヤクソン街三百〇八番地
東 洋 貿 易 会 社
鉄道工事部
▲猶当会社は数千エーカーの大根園を受負ふ、給料は一日一弗十仙以上にして又エーカーに対し打ち任せの方法もありて十二月頃迄引き続き雇入れの契約あり気候風土何れも日本人に適する処なり是又金儲けには至極好都合の労働口なれば志望の御方は此際至急申込みあるべし
▲各汽船及鉄道会社と特約を結び切符を販売す 日本郵船会社及びダツドウエルコムパニイ其他の汽船会社と特約を結び日本行及び太平洋沿岸各地方行の汽船切符及びイースト行の鉄道乗車切符を販売す
▲和洋雑貨食料品卸小売をなし 当会社は各卸問屋と特約を結び和洋雑貨食料品等卸小売共廉価にて販売す
此の広告で見ると一日の賃銀二円以上二円五十銭である
米国の労働賃銀のよき事は、大略右の例を見ても訳るであらう、東洋貿易会社の広告にも見ゆるやうに昨年の如き、僅に東洋貿易会社で取扱つた送金額を見るも広島県へ二十万円余、和歌山県は十六万円余、岡山県は十四万円余、熊本県十三万六千円余、其他の諸県へは二十四万八千円余、合計八十六万四千円余に出て居る、大した金高ではないか、若し在米国総人員の送金高を挙ぐれば、非常の巨額に出て居るだらうと思はれる、米国は労働者に取りて宝の山だといふのもまた過言ではあるまい。然かも日本の外務省の方針では労働者の米国渡航を禁じて居るが、先方の亜米利加では、事業が盛んな割合に労働者は少なく何れも豫想通ほりに事業が進行せぬので困難を極めて居るといふに於ては、ますます日本労働者に取りて、米国は宝の山だ、勇気あり、立身を望む日本の労働者は、解禁の暁を待つて、ドンドン米国に渡つて宝の山を取つたがよい、醜業婦ばかり出るのも名誉ではあるまい!
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更に南亜米利加地方を見るに、此処にも日本人は出て居る、特に
▲南亜米利加の労働 南米の中
太平洋方面の労働種類及び其の賃銀はあらあら以上の如きものであるが、更に我国より出て居る朝鮮、西比利亜地方の状况を見やう
▲朝鮮の労働 朝鮮は我国と最も近い故歟、日清戦役以後日増に労働者は出掛くる、併し同地は長崎県、熊本県、佐賀県等の者は最も多い、労働は専ら鉄道人夫で其の賃銀は一円位のものだ、昨年より朝鮮に限り彼のむづかしい海外旅券携帯の必要もなく、日本内地同様、相当の旅費さへあれば、大手を振つて朝鮮内地に出掛くることができる、内地に愚図愚図して居る者は、旅行自由の朝鮮などへ出た方がよい。
▲西利亜地方の労働 同地沿岸は我が長崎県、或は北海道辺の漁民が好んで出掛くる処で其の勇気と勤勉によりては、随分好い賃銀を得たものであるが、昨年露国政府が漁民取締規則を設け、我国漁民の侵入を禁じて以来、
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以上、我が労働者が海外各地に出て居る状況の一斑で、ほんの概略にすぎないが、尚ほ読者の中に詳しく知らんと思ふ人は、海外移民保護協会調査部宛に尋ね玉ふならば我が役員は知れる丈は腹蔵なく御返答申すべし、尚ほ濠太利亜《オーストラリア》は一時我労働者の最好労働地であつて、故佐久間貞一氏の如きは特に濠洲移民を目的に、吉佐移民会社を創設し、和歌山県等の労働者は先を争うて渡航したが、悲しい哉例の日本人排斥が行はれて、折角扶植した日本人の勢力は俄に地に落ち、今は同地では日本人の勢力と言つて見るべきものはない、唯だ此頃は日本人の来航に対しては多少寛和に為つたといへば、或は今後我政府の覚悟と、日本人民の気力一ツで、