『第23回帝国議会 衆議院 移民保護法中改正法律案委員会議録(速記)』第4回 明治40年3月18日
第二十三回帝国議会衆議院移民保護法中改正法律案委員会議録(速記) 第四回
会議
明治四十年三月十八日午後一時五十五分開議
出席委員左の如し
麦田 宰三郎君 | 松本 君平君 | 竹内 正志君 | |
安達 謙蔵君 | 横井 時雄君 | 紫垣 一雄君 | |
小川 平吉君 | 江藤 哲蔵君 | 西村 丹治郎君 | |
青地 雄太郎君 | 吉植 庄一郎君 | 進藤 喜平太君 | |
築山 和一君 |
出席政府委員左の如し
外務次官 珍田 捨巳君 外務省通商局長 石井菊次郎君
本日の会議に上りたる議案左の如し
移民保護法中改正法律案
〇委員長(横井時雄君) 唯今から開会を致します
〇松本君平君 大分長く委員会も続きましたが、最早余言なく申したことでありますが、私は政府の改正法案に対しては答弁を伺った上に、論旨を極めたいと思ひますが、それは既に前会にも石井君よりの御説明があった通りに、最早や我国の進歩は移民の時代を去って殖民に到着したと云ふ御説明があったが、誠に之に対しは満腔の同情を持って居るものでありますが、扨て此移民法案の改正を見ますれば、依然として昔の移民法案に制定した当時の思想を其儘継承して居って、此改正法案の骨子を見ても、いずれの点を観測しても、政府が殖民をして帝国の発展に資すると云ふ考は見えぬのであります、
従来の移民法案と云ふものは二十何年前に出来たものであって、其当時は極めて幼稚なる時代で、僅に数百人数千人の移民を出すことを以て満足して居った時代であって、其当時に於ては立派に日本政府の植民政策を定めることを責むるは困難なことであらうと存じますが、既に今日は時勢が変って、帝国が大発展をしなければならぬ時代に際して、尚其昔の極く幼稚なる時代の移民法を以て、時局を救はふとする極めて時代遅れの話であらうと思ひます、
是は移民法全体の精神が既に今日に於ては腐敗して居る、又時勢の精神に適合しないものであると信ずるのであります、此改正法案中に於て、或は漁業を営む者とか、農業を営む者がありましても、併ながら是は従来に於ても既にやって居る事柄で、何等の時代の進歩に伴ふだけの進歩は此改正案に見られぬのであります、
甚だ是は本員の遺憾とするところであります、私の希望するところのものは、願くは政府が今日に於て須く殖民に関して、日本の位地を鞏固にするだけの根拠ある一の政策を立て、其根拠ある政策を基礎として、一の移民法案なり若くは殖民法案なりを作って、次の議会に提出されんことを望むのであります、
既に米異土の墻は塗るべからず、此の如き時代の精神に副はない法案を改正しても、破れたる衣を縫ふが如く、何等今日の時勢に益する所がないと信じて居ります、今日は決して姑息なる法律の改正を以て満足すべき時でなく、須く大規模に依って此法案の精神を作出さなければならぬらぬ時と考へますから、独逸辺り若くは盛に殖民政策を行うて居る国の殖民制度の事を調査し研究して、日本帝国の将来の殖民政策移民政策を立てて、それに伴ふ設備をして貰ひたいと云ふ希望であります、
従来の移民制度は不完全なるものであって、決して日本帝国の体面を維持するに足る法案でないと思うて居ります、従来の移民法案に依って成立った移民会社は悉く――全く今日の時代の要求に反いて居るものである、其やるところを見れば全く姑息なる方法で、実は日本帝国の体面を害するやうな事柄になって居るのである、是は実に今日の時勢に対して遺憾なることと深く感じて居ります、願くは此際に於て政府は時代の要求時代の精神に伴ふ十分なる経営をなさって、立派なる法案を次の議会なりに提出されたならば、国民は歓迎し議会も歓迎することと思ひます、
今日の改正法案は詰り昔の古い時代のものを、彼所此所膏薬を貼ったり何かするやうな、極めて姑息なる遣方であって、此法案が通過したところが何等の効果を進歩の上に与ふるものでないと信ずるものでありますから、実は斯る法案は姑く我々も考へるのみならず、政府は如何なる態度で殖民政策を根本的経営に向って為さるか、其御考を見た上に大いに更に攻究をしたいと思ふのでありますから、此点に於て政府の御意嚮を伺った上尚考を致したいと思ふのであります
〇政府委員(石井菊次郎君) 過日委員会に於きましても、今日本に於て五六十万人づつの人口増加がありまして、此増加する人口を如何にせんとするかと云ふ御質問もございました、本日又松本君の御質問の大体に於て、此の如き時勢に適合する移民法としては、今日政府から出した改正案は不釣合である、詰り時勢に不適合であると云ふ御評言でございまして、それに付きまして先日来の質問と併せて御答をする積りで意見を申しますが、抑々此日本の人口増加に対して之を如何にするかと云ふことに付いては、各方面から見なければならぬことでございまして、其中の最も有力なる一の処分法は勿論移民若くは殖民と云ふことが其一であらうと思ひます、
但し此殖民と云ふ中に付いても、今日日本政府として執るべきところの方針は二つあると思ひます、と云ふのは一は殖産工業及び政治上の意味を有した殖民事業、他は間接にして殖産工業に関係を持ちますが、主に労働から段々馴致して殖民をすると云ふ方の事業上、之を具体的に言ひますと一の満韓方面内地に於ても元より北海道樺太台湾其他租借地もある、又日本の領土のみならず満韓地方に於きまして、大いに日本の人口を扶殖する事業は甚だ大きうございまして、なかなか百万や二百万の人が居ったところが、今日の日本の人口増加は憂ふるところでない、寧ろ足らざるを恐るる時勢でありまして、年々五六十万人づつの増加は日本の前途の最も有望なることを証明するものでありまして、此人口増加に対しては政治上の意味を持った一の殖民事業――此方面は移民法案に直接に関係して居る方面でありませぬ、茲に提出した移民法案の改正案は第二種に属するもので、是は先づ大体は亜細亜方面を取除きまして、亜細亜方面以外の欧米地方を目的として、其方面に渡航するところの人に対する保護及び奨励及び監督を主たる目的として居るものであります、
過日委員会でどなたか仰った通り、今日欧米諸国に於て亜弗利加南米地方に於て、到る所政治上の配合は確定して居りまして、又昔の夢を見て大いなる政治上の殖民をすることは出来ない、今日の許す限に於て移民及び殖民の活動の範囲を拡めて、彼等をして海外へ自由に渡航せしむると云ふ方法には、茲に提出した改正案で十分であらうと思ひます、
此改正案の主たるところは監督の点を除きますと、第五条に一項を加へた此一項が最も主眼とするところであります、是迄の移民の事業の成蹟に依ると、渡航先に於て彼地の資本主と年限に何年間と云ふ年限を附した労働の契約をして渡航費はどうする、就労中は賃銀はどうすると云ふ契約を結びまして、渡航者に於ても亦先方の雇主に於ても、労働者は永住すると云ふ考を持って居らぬ、又渡航者をして永住せしむると云ふ考もないと云ふやうな境遇であります、
それと申しますのは此所に一の石炭鑛がある、工夫が千人欠乏して居ると云ふ一の注文口が出ますと、本邦の移民会社が各々代理人を出して置きまして、是だけの仕事をして帰って来いと云ふ工合に、若干の年月を極めて、其年月の間の労力を供すると云うだけの一の労働契約が来る、是が実際の有様であります、それに段々全国の人民が海外へ渡航をすると云ふ発展力の増加したるに付いては、移民に対する資本も大にして活動の範囲を拡め、彼等をして海外に於て自ら相当の雇主たるの位置を得せしめて、さうして広大なる土地を買って若干の賃金を与える外に、何年間工事其他の労力に従事したる者は、若干の土地を割与する分与すると云ふやうなことになりますと、今までの渡航の方法と帰航の方法と就労中の賃銀と、此三つさへ極れば働いて直ぐ帰って来ると云ふのが一変しまして、若干の時日の間労働して、其中に若干の土地を持つ、最初妻子を伴れ兄弟を拉して往き、此若干の地に依って活動の根拠を作ると云ふことが、政府当局の改正案を出しました第五条の趣旨であります、又最も是が希望する点であります、
それで法文は簡単でありますが、是は就労其平を得、監督宜しきを得たならば此箇条で我が移民業をして殖民上に大なる発展を期することが出来るだらうと思ひます、又政府に於ては全力を尽して此結果を得んことを期して居るのであります、要するに先程申上げました満韓地方に於ける殖民事業とは別でございまして、亜細亜以外の外国に渡航して労働に従事し且つ漸を以て土着すると云ふ希望を満たす改正案で、十分に出来るだらうと云ふ考を持って居ります
〇松本君平君 唯今の御説明に依ると詰り私が先刻申上げたこととは大変予想に反して居ると思はれる点は、石井君の説明に依ると此案は殖民の主義でやるのではない、詰り今日の移民に対して必要なる案であって其移民に付いては亜米利加欧羅巴の方には関係なくして、詰り亜細亜の方面に殖民と云ふことに付いて力を入れると云ふことに伺って居りましたが、然るに御話になるやうでは、南亜米利加の方面に対して殖民をすると云ふので、殖民地の基礎を造ると云ふことにも伺って居りまするし、殆ど其事実に於ては要領を得ないのですが、詰り今日の移民に対しても既に政府委員が御説明になった通り、殖民の時代になったので移民の時代を経過して殖民的の意味を持って居ると云ふやうに聴いて、成程御尤の事柄であると私存じて居たのであります、
然るに是に付いて何等の殖民上の政治上の移民と云ふことに付いては意味が無いと云ふやうな、又唯今御説明を承はったが、然らば此殖民と云ふことに付いては、政府は何等か之に対して施設を為されぬのであるか、又南亜米利加に対する「ブラジル」其他広漠なる原野を有して居る土地に対して、やはり布哇のやうな移民制度を以て之をやらうと云ふ御考であるか、其辺も伺って置かなければならぬと思ふのです、
詰り私は平生の主義として、従来の移民制度と云ふものは何等の効果を、偉大なる国家の進運に貢献する所がない、寧ろ光栄ある国民としては恥づべきと云ふと語弊があるか知りませぬが寧ろ妨害するやり方である、殖民的経営に非ざれば何等の国家に向って大なる将来貢献をなすことはない、故に従来の移民のやり方に付いては、私は満腔の不平を持って居る者であります、
それで若し政府が尚依然として従来の移民政策を継承して、それに依ってあちらこちらと彌縫して今日の急に応ぜんとしたならば、私は寧ろ斯る事柄に付いては反対の意を表したいのである、それで尚政府が此殖民の事柄に関してやると云ふ意があるならば、其意味の改正法案であったならば、願くは更に今一歩進んで殖民策、発達を保護する法案を此間に入れて貰ひたいと思ふのである、然らば小学校の如き其他人民が土着する小い村なり郡なり、国を形成することの出来るやうな将来発達の余地を存する所の改正案ならば、甚だ歓迎すべきものでありますが、今日の所で見ればまだ依然として何等の進歩ある所を認められないのであります、それで此点に付いて尚政府の御意向を伺って置きたいと思ふのであります
〇政府委員(石井菊次郎君) 松本君の御質問に対しまして、此前に申上げた遺漏の点を申上げますが、成程此改正案の中に文面の中には、斯の如くにして斯様な事業で移民をさせれば斯う云ふ結果を来すと云ふことは、それだけ手数を尽して書き現してはございませぬが、其希望は第五条の運用如何に依って十分に期せらるることでありますが、それで此移民事業と云ふものは、忌やがる者を無理に出ろ、或は帰れとか無理に止まって居れとか云ふやうに、各個人の意思に反して無理に之を止め、若くは往かせると云ふ施行のことは固より出来ませぬ、各個人の意思の自由にして置きますが、移民の数の殖えるに従って自から移民間に一の団体が出来まして、今松本君の言はれたやうな現象と云ふものが、漸次に現はれて来るやうになります、
現に布哇の移民の如き固より一方から見て之を批評すれば、単に賃銀を欲する所の日傭取であると云ふやうにも見えますが、年数を経て移民の数が加はり、彼等の精神に立派なる一の団体が出来ますと、既に布哇に於ても学校の設備と云ふものは、何十箇所も出来て居ります、是に通学する生徒と云ふものも数千人の数になって居ります、教育設備に至っては内地の学校におさおさ劣らぬ、文部省から相当の人を紹介して貰ひまして、教員の程度等に就いてもさう苦くないのみならず、内地に在る者には優って居っても劣らぬ位の組織が既に出来つつあるのでございます、
要するに連れて行く時の状況は、例へば怪むべきものであらうと思って居ったのが、移民の価値が加はると共に、其困難に耐ふるやうになりまして、自然に発達を期して行かれると云ふことは、殊に墨西哥、南米諸国の如きは有力なる資本家が土地を有して居って、移民を希望して居る位でありまして、又此内地の移民業に関係する調査に於て、熱心と耐久力とを以て此業に当るときには、随分立派な政治上の意味に於ても大なる事業を為し得るであらうと思ふ、
此所にある農業、漁業、又は鉱業と云ふ中にも(注)、活動の範囲は従って広くして、まだ是が不足になると云ふことは、近き将来に於て是では困ると云ふことは認めませぬ、先づ兎も角も此提案を以て改めて置きまして、幸にして此方面に於ける発達を期しましたならば、独り所謂時勢の状態に対して奨励を要する保護を要すると云ふ場合に就いて、此移民方法の改正を提出する今日に於ては、当分の間は此改正を以て十分に時勢の急に応ずることは出来るものであります
(以下 略)
(注) 政府提出法案第5条にはこのような列挙があったが、衆議院で「移民ト直接ノ関係ヲ有スル業務」と修正された。